mirage -11-



暗闇に浮かぶ翠陽高校。辺りは、あの時と同じ蒼い月の光が差し込んでいた。

「ね、ねぇ・・・こんな時間にこんなところに呼び出すなんて・・・どうしたの・・・?」

目の前には怯えた様子の明美。
後ろ手に隠した私の手に持つ金属光沢は、微かに、虚ろな私の目を映らせていた。

カツカツと、明美に歩み寄る。
いつもと違う私の表情に明美は戸惑いの顔を見せる。


刹那。


ビシャッ


振り上げたカッターと共に、明美の鮮血が飛び散る。

「っ・・・・・!?!?!?」
明らかに混乱の表情を見せつつも、なおも明美は私を見つめる。
声を出したくても喉は音の出ないホイッスルか何かのような空気音を出すだけで、声になっていない。


ビシャッ


もう一度刃の洗礼をお見舞いする。
さっきは足だったが今度は顔をかばってる腕。


あべこべの世界なら・・・鏡の世界の明美が死ねば・・・向こうの明美は助かる

その言葉だけが頭の中で響き、それが指令のように、機械人形と化した私を動かしている。


一歩。


ザシュッ


一歩。


ザシュッ


一歩近づくたびに明美の顔を、手を、胴を切りつけていく私という名の機械人形。

いつの間にか、あたりは血だまりになっていた。

血が少なくなってきているからか、腰が抜けたのか、もはや抵抗する気力も見受けられない明美。
息も絶え絶えに、涙を溜めるのが精一杯の様子だった。

あと1,2本・・・
それだけ傷つければ放っておいてもこの明美は死ぬだろう。
その前のときと同じように、表情一つ変えずカッターを振り上げる。


と、


微かに、明美の唇が揺れた。


声自体聞こえるかどうかも怪しいほどだったが、私にははっきりと、こう聞こえた。



「死に・・・たく・・・ない・・・・・・・・!」




私がこちらの世界にいるとき、小さい頃よく遊んでもらっていた向かいのおじいちゃんが亡くなった。
元の世界に戻った時も、やはりまだ葬式は行われていた。


            そうか・・・どんなにあべこべでも、生と死だけはあべこべじゃないんだ・・・


   さっきの明美の言葉が、集中治療室で戦っている明美の言葉に聞こえた。

  「・・・・・・・・ぁ・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・」

瞳に光が入り始めた。

体中に付く赤黒い染みが、現実に戻させる。

「・・・・・ぁ・・・あ、・・・あぁ・・・ああぁあぁ・・・・・っ!!」


私は、一番の親友を殺そうとした。

性格が違っていても、「明美」は「明美」なのに。


「ようやく気づいたんだね」
「!!!」

「異質」な声に、私は後ろを振り返った。

淡い月明かりにぼんやりと映る黒髪の「何か」は、悪魔にも死神にも見えた。

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