mirage -12-



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

後ずさりした足が血だまりに濡れるのを感じる。


まるで、鏡。

目の前に映るのは確かに自分の姿、しかし周りに纏う雰囲気は明らかに自分と違う。
怯える自分と反比例するように、目の前の自分は笑みを見せる。
そのはり付けたような笑みが、自分の顔から出せるのというのが信じられなかった。

「あたしが誰か、分からない? そんなこと・・・ないよね?」

分かっている。
分からないわけがなかった。


      これは・・・鏡の世界の「私」だ


今まで鏡の世界の自分をあまり気に留めていなかったのが不思議なくらいだった。
鏡の世界の自分というのは、私と正反対の行動をする、対称の存在ぐらいとしか捉えたことがなかった。

その鏡の世界の自分が目の前に現れた時、一気に頭の中におびただしいほどの疑問がなだれ込んできた
私が鏡の世界にいたとき、この「夜見子」はどこにいて何をしていたのか、相反するこの2つの存在が同じ世界に存在することができるのか、そもそも、この鏡の世界は何なのか・・・

「何がなんだか分からないって顔してるね」
吊り上げた口角をさらに上げ、ずいっと近づき顔を私の耳に寄せてきた

「じゃあ教えてあげるよ・・・この世界のこと」

自分の声のはずなのに、それは悪魔のささやきのような錯覚を覚えた。否、本当に自分の皮を被った悪魔なのかもしれない

「そっちさ・・・この世界のこと鏡の中の世界とか思ってるでしょ?
           でも、こっちからしたらそっちの世界が「鏡の中の世界」なんだよ」

「     ・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・  」

「つまりどっちが上でどっちが下かないんだよ
  そして互いの存在は互いの願望と本音。」

「  ・・・・願望と・・・・・・本、音・・・・・・・・?」
「要するに、そっちが軽蔑してるあたしはほんとはそっちが「なりたい自分」だったりするんだよ」
「・・・・・・っ」

「自分だって思ってるんでしょ・・・?たまにはハメ外したいって。
  ご近所さんに気を遣って、真面目な生徒会長演じて、息苦しいでしょ」
「っそんな・・・こと・・・」

「明美だってそう。あっちの明美は・・・いつも明美が言ってた「なりたい自分」だった。
  あっちの明美も、ほんとの姿はこっちの明美みたいな姿なんじゃない?」

 あの・・・明美が・・・?

ふと地べたに座り込んでいる明美が目に入った
弱りきった瞳を床に向け、腕で自分の体を抱えながら震えている

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「それよりさ」

あちらの夜見子の声のトーンが一段と低くなった
顔も、貼り付けた笑みから刺す様な無表情に変わる。


「知らなかったとはいえ随分と勝手なことやってくれたね。気づいたら牢獄の中・・・驚いたよ」

背筋が凍った。
    それって・・・この前の・・・?

「万引き、窃盗・・・常習犯だったらしいね?   生徒会長のクセしてよくやるよ
        そっちは元の世界に逃げれば無罪放免だけど、こっちは無実の罪で拘留だからね・・・冗談じゃない」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

息が詰まる。

再び貼り付けた笑みを湛え、ゆっくりと私の周囲を回る夜見子の声は、まるで逃がさんとばかりに檻のように私を取り囲んで身動き一つとることができない。

耳元で、夜見子がささやく。

「だから今度はあたしの番・・・
     同じ世界に同時に対の存在がいるということは・・・大体想像はできるんじゃない?
   元の世界に戻った時自分がどうなってるか・・・ 楽しみにしてるといいよ」

  ふ と、夜見子の吐息が離れる。  だが未だに声の檻にとらわれて身動きをとることはできない。

貼り付けた笑みのままつかつかと階段を上がる。
その先には、踊り場の大鏡。

振り返り、月明かりに照らされたその笑みは温度という温度を全て抜き取ってしまう様だった


        「   じゃあね   」


波紋、2人に纏う光。


光に潰される前、ちらりと見えた明美はもう気を失っていた

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