mirage -10-




1週間の鏡の世界での心の休養(要するにずる休み)の後、元の世界に帰ってみた。
案の定、明美と美坂君はよりを戻していた。

「ほんとに良かったよ〜 一時はどうなるかと思ったもん!」
「・・・良かったね、明美」

ちらりと、その後ろの美坂君を盗み見てみる。
私を見ているようだったが、その目つきは前よりきついものになっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・やっぱり、向こうの美坂くんはあのままなのかな・・・

こちらの美坂君の目つきが、それを物語っていた。


それ以来、あまり鏡の世界には行けないようになっていた。
行ったとしても生徒会の重要なイベントやテストがあるときだけで、その時も向こうの美坂くんはなるべく避けるようにしていた。
明美の別れ話もあまり聞きたくなかったので、向こうの明美との接触もなるべく控えるようにした。


そんなこんなで季節は冬、カップルが楽しみにしているイベントの一つ、クリスマスが近づいてきた。

「・・・明美、よく弁当に納豆持ってこられるね・・・」
「だって好きなんだもん。それに日本人なら朝はやっぱり納豆でしょ!」
「いや、今昼だし・・・」
「細かいことはいーの!諒も日本人らしくていいねって言ってくれたし」

「そういえば・・・今年のクリスマスも美坂君と?」
「もっちろん!なんか白くて大きなツリーがライトアップされるところがあるんだって〜っ!そこ連れてってもらえるんだ♪
あ、でもイブはもちろん夜見子に付き合うからね!ケーキ食べよケーキ!♪」
「そんな・・・気を使わなくったっていいのに」
「女は男ばっかりに目がいって友達関係おろそかにすると後々痛い目見るんだよ?それに夜見子は1番の親友なんだもん、おろそかにできるわけないじゃん」
「・・・ありがと」

少しだけ、心に痛みを覚えたような気がしたがやはりこの言葉は嬉しい。
また明美のクリスマスのラブラブ話が聞けるのかな・・・と、いろいろと複雑な心境ながらもやはり楽しみにしていた。

だが


バタンっ!!

いきなり生徒会室のドアが開かれた。

「え・・・み、美坂君・・・!?」
「明美が・・・・・・・!!」


現在、夜8時。集中治療室の前。
美坂くんと一緒に、私は俯きながら必死に明美の無事を祈っている。

「オレが・・・いつものように家まで送ってたら・・・!」
「・・・・・美坂君のせいじゃないよ・・・・・」
あのことがあったからか、いまだに美坂君の顔をまともに見れない。

あの子が家に着く、ほんの300m手前のことだったらしい。
あの子の家の周辺は車通りが少ないためか、油断してスピードを出しすぎていたのだろう。
ハンドルを切り損ねて前方にいるあの子の存在に気づいたときには、もう手遅れだった。

集中治療室の中であの子は意識不明、生死の淵をさまよっている状態だという。

数時間前の明美の笑顔がよぎる。
よもやこんなことになるなんて、予想だにしていなかっただろう。

「・・・あの・・・夜見子ちゃん」
「おばさん・・・」

明美のお母さんが話しかけてきた。
顔は私や美坂くん以上に真っ青だった。

「あのね・・・これ、事故現場付近に落ちていたんですって・・・
 メッセージカードがあなた宛になっていたから、渡しておこうかと思って・・・」

そう言って、微かに血が付いてくしゃくしゃになっている小箱を手渡した。
少し苦戦して箱を開けてみると・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

中身は、私が以前気に入ったけど高くて買えないとぼやいていたペンダントだった。

メッセージカードには

“夜見子へ

    ずっと親友だよ♪

           明美”


人前で泣くことなんて滅多になかったけど、涙が止まらなかった。
メッセージカードを見つめたまま、ただ。涙していた。
手が、制服が濡れるのもかまわなかった。


涙も枯れたあと、ゆらりと私は立ち上がった。

「麻倉さん・・・?」
「・・・ちょっと・・・行くところができたから」

美坂くんは怪訝な顔のまま、私が廊下の先の暗闇に溶けるのを見送っていた。

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