mirage -9-




携帯の中に映る美坂くんのアドレスを何の気なしに見つめてみる。

心を揺さぶるには、やっぱり積極的に行かなければならない。
一応今日のお礼メールでも送った方がいいのだろう。
だが・・・どうやって送ろう・・・?

異性とほとんど係わり合いになっていない私は、当然男子に対するメールの作り方も知らないわけで。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

悩んだ挙句、結局明美に対して送っているものと同じ感じにして送った。
といっても絵文字も顔文字もほとんどない、シンプルなものなのだけれど。

“美坂くん、今日はありがとう
 今日は大事な2人の時間を奪っちゃってごめんなさい;
 でも美坂くんがどういう人か知りたかったから・・・
 また話せたら嬉しいです
 では
           夜見子”

返事は、意外とすぐに返ってきた。

“いやいやとんでもない!
 麻倉さんと話すの楽しかったよw
 
 撲も明美ちゃんから麻倉さん事聞いてて
 どんな人か気になってたんだ
 だから気にしないで!

 じゃあ、また機会があったら”

前に明美に見せてもらった美坂くんからのメールとは大違いだな・・・
そのメール確か絵文字べたべただったような気がするけど。


それから何通か、明美のことを口実に美坂くんとメールをした。

部活ではどんなことをしているか、何をするのが趣味か、休日は何をしてすごしているのか・・・
明美からの話でも分からなかった美坂くんの情報を知ることができた。

「夜見子・・・最近諒くんとよくメールしてるらしいね」
ポツリと、昼休みの屋上で明美は言った。

「明美の親友として、交流は持っておかないといけないと思ってさ」

前にも、私が美坂くんの噂をしていたことが原因で同じような空気になったことがあった。

・・・本当は、前のように「あんたの王子様を奪うわけないでしょ?」って言いたかった。
でも、私は今、まさにそれをしようとしている。
嘘でも、そんなことは言えなかった。

「・・・そっ・・・か・・・」
聞こえるかどうか分からないくらいの小さな声で、明美は呟いた。


そんなある日、風邪をこじらせたとかで明美が学校を休んだ。

・・・思わぬチャンス到来だった。

私は美坂くんにメールを送り、一緒に帰る約束を取り付けた。
明美のお見舞いの品を一緒に考えようとか、適当な理由をつけて。

「こうやって一緒に帰るの・・・久しぶりだね」
「そう・・・だね。1ヶ月ぶりくらいだっけ・・・?」
「確かそうだったと思う・・・」

ぎこちない会話が続く。
明美が加わっていた1ヶ月前もそんな状態だったが、それよりもぎこちなかった。

ふと、人気のない公園を見つけた。

話を切り出すならここしかない・・・

「ねぇ、ちょっとあの公園で話していかない?休憩がてら。」
「え・・・? あぁ・・・うん」

公園のベンチに並んで座る。
少しばかりの沈黙。

思い切ったように、私は立ち上がって声を出した。

「ねぇ美坂くん・・・美坂くんは、明美が告白してくれたから、明美と付き合うことにしたんだよね?」
「え・・・あ・・・あぁ・・・うん」

「じゃあその告白した子が明美じゃなかったら・・・明美じゃなくてその子と付き合ってたの・・・?

例えば、私とか。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・じゃあ、僕からも質問させてもらうよ

僕が君の事好きだって言ったら・・・夜見子ちゃんはどうする・・・?」


「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ?」


意外な 返答だった。


「で・・・でも・・・美坂くんは明美のこと・・・」
「確かに好きだったよ。好きだって思ってた。
でも、夜見子ちゃんとメールしたり、話していくうちに段々と夜見子ちゃんのことを想っている自分がいるって事に気づいていって・・・」

「・・・そ・・・そん、な、事・・・言われ・・・ても・・・・・・」
「でも、さっきみたいなことを言うってことは僕に全く気がないって訳じゃないんでしょっ?
夜見子ちゃんは・・・どうなの・・・? 僕と、付き合いたいって思ってる・・・?」
「そ・・・・・・・」

声が、出なかった。

美坂くんの想いや、明美の想いや、少しだけ芽生え始めても気づかなかった自分の想いや、いろいろなものがぐちゃぐちゃになって
粘着質の足枷のようになって私の体を捕らえていた。

真っ直ぐに、美坂くんの瞳が私を貫いている。
哀願するようなその瞳は、私にとってこれ以上にない恐怖に思えた。


何も言えず、何も考えられず、ただただ「想い」という足枷を振り切って、私は必死にその場から逃げ去った。

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